それか何を持って侵略行為というのか、何が謝ちなのか、この辺が明確に見えないとですね、あの、勝手に代表して謝ってもらっちゃ困ると私は思うわけでございます。 え、高一でございます。自由党を代表し て質問をさせていただきます。 改革自由党を代表して質問をさせ、改革を代表して質問をさせていただきます。失礼いたしました。え、終戦50周年を 目前にしまして、え、私たちは歴史の見直しという、ま、政治家としての障害最大のテーマに関わろうとしてるんではないかという緊張に、え、ま、非常に恐れを感じております。選挙区で遺族会の方々 から出世して死んでいった夫というのは侵略戦争に行ったんでしょうかという問いかけをされております。え、また奈良 ご国神社の偶事様はお前のところは犯罪人を祭っとるんかという嫌がらせの電話にですね、悔し涙を流しておられました。 そんな切ない思いをされている方々のために今日は侵略戦争についていつもの答弁よりも具体的なご説明をお願いしたいと思います。え、今日の私の質問は全て総理 にお願いしたいと思います。え、まず総理 は、え、7月9月と、ま、2度の初心表明の中で先の対戦への反省、え、それから過去の侵略行為や植民地支配といったものに触れられまして、8月の、え、全国戦没者追式におきましては私たちの謝ちによっ て3る犠牲を強いられたアジアの隣人たちという言葉をお答え、え、お使いでしたけれども、具体的にはどの行為をさして侵行為と考えておられるんでしょうか。また総理の言われる謝ちというのは具体的に何をさすのか。法的な根拠のある謝ちだったのかどうかもお答え願います。 村山総理大臣、あの、私はこの侵略的行為や職民地的支合という言葉を使わせていただいたわけですけどもね、あの、やっぱりあの、戦争の中でえ、日本の軍隊があの中国本道ですね、え、どんどんどんどん込んでいったね。 それから東南アジアの国にですね、攻め込んでいったそういう行為をさして、え、侵略的な行為とこういう風に、ま、申し上げておるわけです。 高一さん。 え、それでは法的根拠のある謝ちということではございませんか? 村山総理大臣。 いや、その法的っていうのは何法に対してこう言ってんのかですね。よくあの、ちょっと理解できないもんですからね。 高一さん、え、対戦当時は、え、総理も一応若者だったと思うんですけれども、え、国民としてですね、え、侵略行為への参加の自覚がございましたでしょうか? 村山総理大臣、え、私はあの1年間あの兵隊におりました。 で、ま、効果福岡外地に行かずにですね、え、内地勤務でずっとおったわけです。え 、しかし、ま、その、あの、当時のことを思い起こしますとね、私もやっぱりそういう教育を受けたということもありましてね、そしてその国のためにこの一生懸命頑張ろうというような気持ちであの参加をさせていただきました。 さん、え、ま、つまり、え、侵略行為への参加という自覚は、ま、その当時お持ちじゃなかったということなんですが、え、総理大臣という地位にある人は50年前の政権の決定を断罪在し、その決定による戦争支えた農税者や党と命を捧げられた人々のしたことを謝ちと決める権利があるとお考えでしょうか? [音楽]村山総理大臣、私はあのこの定期に複してですね、そしてこの国のためにね、あの、一面を捧げてこの働いてこられた全ての人方に対し対してね、謝りだったていうようなことは申しておりませ んよね。しかしその、これは、ま、歴史が それぞれ評価する問題でもたくさんあるかと思いますけども、しかし当時の日本のこのなりそういう指導者のやってきたことについてはね、これは今から考えてみますとね、やっぱり大きな謝りを犯したんでは ないかということに今ざる私は得ないと思います。さん、 え、まあ、今のように当時の軍閥ということで侵略行為、え、ま、そのものの責任の責任の所材を、ま、ある程度明らかにされたわけですけれども、あの、それでしたらアジアの人々に対してみならず侵略行為に加担させられたに対し、え、また軍音や遺族会の皆様に対してもこの場で謝罪の意を表明していただけませんでしょうか [音楽]村山総理大臣。 え、ですから私はあの慰例祭にもあのあの集会にも参りましてね。 そして率直に今国の立場と国のこの責任と考えてることをですね、あの申し上げたわけでありましてね、あの私自身がそのそういう人方々にこの謝罪をしなきゃならんという立場にあるかどうかというのは もう少しに考えていたいと思います。長 高一さん、え、ま、それにしてはアジアに行かれた時随分、ま、謝罪的な言葉を発せられて、え、日本国を代表しておられるのかと、え、私は感じていたんですけれども、ま、その日本に謝ちがあったと、過去に謝ちがあったと総理がおっしゃいます。 その責任は、え、もちろん謝謝ちがあったとすれば日本国全体が追うものですけれども、国内的にはそれではその責任の所材というのは誰にあるのか、え、個人名を上げてお答えいただきたいと思います。 村山総理大臣、これはその誰に上げて個人名を通り上げるわけでもありませんけども、当時のやっぱりその軍主義と言われた日本の国家におけるですね、当時の指導者は全てやっぱりそういう責任があるんではないかという風に言わなければならんと思います。 高一さん、え、その50年前の当時の指導者がしたことを謝ちと断定して、え、謝られる権利が、え、現在50年後にこの国を預っておられる村山総理に終わりだとお考えなんでしょうか? 村山総理大臣、あの、私はやっぱりね、この今その日本の国の総理大臣としてね、総理として、え、やっぱり日本の国を代ですね、アジアの国軍に行けばそういう風に被害を与えた方々に対してはね、大変 申し訳なかったとね、そのやっぱり反省の気持ちはね、あの、表すのは当然ではないかと思うんですよね。 で、それはやっぱり含めてあの日本国民全体が反省する問題としてですね、私はやっぱり受止めて謝ちは繰り返さないようにするというぐらいの決意はしっかり持って平和を思していく方向にですね、努力していきたいというような意思もですね、合わせて表明することは当然ではないかという風に思ってます。 高一さん、え、私自身もアジアの人々、それからあの今回、え、前回の先の対戦で犠牲者になられた多くの日本の人々に対してですね、政治家として、ま、本当に大変なことでしたと。 これから前向きに、ま、共に過去を反省しながらやっていきましょうという気持ちを表すことには、あの、なんら依存はないんですけれども、あの、ま、果たしてですね、その総理自身が日本国を代表して、ま、 謝る反省の意を表明するというの、あの、結構なんですけれどもね、果たしてそこに至るまでの国民的な議論があったかどうか、それから何を持って侵略行為というのか、何が誤ちなのか、この辺が明確に見え ないとですね、あの、勝手に代してもらっちゃ困ると私は思うわけでございます。 あの、どうにもその辺がですね、あの、あんまり時間もございませんので、あの、これ以上突っ込みませんけれども、私には理解しがい、え、ことなんでございます。